H.モーザーの覚醒 02 VENTURER/ベンチャー
果敢に挑んだベンチャー精神が
H.モーザーの原点となった
創業者ハインリッヒ・モーザーが19世紀に辿った遍歴を、現在の3つのコレクション「エンデバー」(真摯な努力)、「ベンチャー」(冒険者)、「パイオニア」(開拓者)に投影させているH.モーザー。前号ではハインリッヒ・モーザーが故郷シャフハウゼンとル・ロックルにおいて時計技術の研鑽を重ね、当代屈指の時計師へと上り詰めたストーリーとともに、現在のコレクション「エンデバー」の主要モデルを紹介した。今回はそれに続く、ロシアに新市場を求めた“挑戦の時代”にスポットを当てた。
ハインリッヒ・モーザーが新天地を求めてロシア帝国の首都サンクトペテルブルクへ旅立ったのは1827年のことだった。シャフハウゼンの北にあるドイツのカールスルーエからヴァイマールを経由してバルト海に面したポーランドのシュテッティンまでは馬車での苦難の長旅だった。その後、その港町から客船でサンクトペテルブルクに到着した。その新たな地でハインリッヒは1年ほど時計師として働き、1828年、彼は自らの時計会社をサンクトペテルブルクに設立した。これが“H.モーザー”ブランドが時計ビジネスで成功を収める第一歩だった。当初は時計の販売会社として立ち上げ、複雑機構の高級時計から芸術品のように装飾されたクロック、さらにはシンプルな懐中時計など顧客の要望に応じて幅広く販売していった。が、事業の拡大を目指した彼は、次なる挑戦に着手した。1829年、スイスのル・ロックルにH.モーザー社専用の時計製造工場を設立し、スイス製の高級時計をロシア、さらには世界中に販売する体制を築いていったのだ。この工場はル・ロックルにおける時計産業発展に大いに貢献し、ハインリッヒはル・ロックルの名誉市民の称号を得ている。ちなみにその当時の社屋のひとつは今でも現存しており、歴史的建造物に指定されている。
H.モーザーの時計は高品質を極め、その顧客は皇帝をはじめ多くの貴族へと広がり、ロシアの軍隊にも製品を収めるようになった。マニュファクチュールとしての基盤を固めて以来、数年の間に彼の時計ビジネスはパリやニューヨーク、ペルシャ、中国、日本にも拡大。会社設立から15年後にはハインリッヒ・モーザーは時計ビジネスにおけるロシアでの第一人者に上り詰めていった。そして1848年、彼は故郷の町シャフハウゼンに帰ることになったのだが、まさに凱旋だった。
彼がロシア市場に挑んだ時代の、挑戦者としてのスピリット、事業成功への野望、そして品質向上への追求心は、現在に復活したH.モーザーの原点として受け継がれている。革新的なダブル・ヘアスプリング脱進機の開発や、ヒゲザンマイの自社製造へのこだわりなど、スイス屈指の完全マニュファクチュールとして、きわめて“レア”な高品質時計を製作し続けている姿勢は、決して19世紀に発揮したベンチャー精神とは無縁ではない。
1805年、スイスのシャフハウゼンで、代々時計製造を受け継ぐ一家に生まれる。1820年代から1824年まで家業に加わり伝統的な時計製造技術を学ぶ。その後、ル・ロックルで修業し、1826年に独立。翌年、ロシアのサンクトペテルブルクでの時計事業を立ち上げ、大成功を収める。1848年、シャフハウゼンに帰還し、時計事業に留まらず、生まれ故郷の産業や社会の発展に貢献した。1874年に他界。
写真左はファベルジェの置時計。H.モーザー社製のデュアルバレルムーブメントを搭載。同右はロシア皇帝の紋章が装飾されたゴールド製ハンターケース懐中時計。
ベンチャー精神が息づく
自社製エスケープメント
H.モーザー・マニュファクチュールの特長のひとつが独自開発のシュトラウマン・ヘアスプリングを自社製造していることだ。ブランド再興にあたり、究極の精度を追求するため、プレシジョン・エンジニアリング社とシュトラウマン研究所との共同開発により、ニバロックス社製の性能を上回る独自のヘアスプリングを開発。現在、シャフハウゼンの工房で製造している。
ヘアスプリング用ワイヤーは1万分の1㎜の精度で圧延され、職人の手作業でゼンマイ状に巻かれる。
巻かれたヘアスプリングの外端は熟練技によりブレゲヒゲと呼ばれる特殊なカーブが与えられる。
完成したヘアスプリングはチラネジを装備したテンワに固定されエスケープメントが完成する。
ベンチャー・コレクション
VENTURER Collection
創業者ハインリッヒ・モーザーが故郷を離れ、ロシアのサンクトペテルブルクでの新たな事業に挑戦し、そして成功を収めた、その“冒険の時代”からインスピレーションを得たコレクション。伝統的な懐中時計の要素を盛り込みつつ、1920年代のバウハウスの精神と1960年代を思わせるドーム型のデザインなどを融合。フュメダイヤルや風防からケースにかけてのすっきりしたフォルム、ドーム型文字盤に沿うように曲線を描く細い針など、洗練されたラインが特徴となっている。
H.モーザー独自の日付表示であるフラッシュ・カレンダー機構を備えたビッグデイトを搭載。1枚のディスクで大きな数字を表示する“超大型”日付表示は、視認性も抜群だ。午前零時に瞬時に日付がジャンプし、いつでも制限なしに日付調整ができるうえに、ダブル・プル・クラウン機構によりリューズを引くと必ず1段目の日付調整位置で停止する。手巻き。レッドゴールドケース。シースルーバック。ケース径41.5㎜。アリゲーターストラップ。328万円(税抜)。問い合わせ/イースト・ジャパン☎03-3833-9602
懐中時計と1960年代を彷彿とさせるドーム型の形状からインスピレーションを得たピュアで上品なデザインに、神秘的で美しいファンキーブルーのフュメダイヤルを採用。自然な風合いを持つクーズーストラップも味わい深い。シリコン製アンクルとガンギ車を採用した自社製手巻きキャリバー「HMC327」を搭載。シースルーバックにパワーリザーブ表示。ホワイトゴールドケース。ケース径43㎜。245万円(税抜)。
レッドゴールドケースにブルーダイヤルを組み合わせたスモールセコンドモデルのニューバージョン。このモデル専用に開発された自社製造のキャリバー「HMC 327」を搭載。サファイアクリスタルのケースバックからパワーリザーブ表示が確認できる。手巻き。シースルーバック。ケース径39㎜。アリゲーターストラップ。198万円(税抜)。
パラマグネティック
7年間に及ぶ研究の末に開発した耐衝撃性と常磁性を備える新開発のニオブ/チタン合金(PE5000)製ヘアスプリングを搭載。ミッドナイトブルーフュメダイヤルにも限定モデルならではの気品が漂う。世界限定10本。手巻き。ホワイトゴールドケース。シースルーバック。ケース径43㎜。アリゲーターストラップ。270万円(税抜)。
歯車とカナに独自の歯型を採用した自社製手巻きキャリバー「HMC327」に、安定化したブレゲヒゲを備えるオリジナルの常磁性ヘアスプリングを搭載。