COVER WATCH/今月のトップ画面の時計
WATCH FILE(ウォッチ ファイル)/Vol.108
ちゃきちゃきのコレクター
今、落語がちょっとしたブームらしい。NHKでも興味深いドラマを放送していたが、その落語によく出てくるのが、八っつぁん、熊さんに代表される、ちゃきちゃきの江戸っ子だ。まあ、生粋の江戸町人といったところだが、そもそも江戸っ子という言葉は、江戸時代後期に生まれたらしい。徳川家お膝元だった江戸は経済が集中し、人口も急増。昔ながらの江戸町人と新しく移り住んだ新参者とを区別するための表現だったのだろう。親子三代、江戸で生まれて江戸育ち、というざっくりとした定義まで生まれる。「てやんでぇー、こちとら江戸っ子でぇ~」と威勢のいい啖呵を切って、にわか江戸町人とは一緒にするな、と睨みをきかす。
以前、ボヴェのオーナー兼社長のパスカル・ラフィ氏に、時計コレクターについて訊ねたことがある。ちなみにラフィ氏は親子五代にわたる、超ちゃきちゃきの時計コレクターだ。
「世界には超一流のコレクターがたくさんいます」と言うと、何かを探るような、おだやかな笑みを浮かべる。いまでもよく見せる表情だ。「彼らは、なぜこの時計が他と比べて1万スイスフラン高いのか、という点に注目します。そこには明確な理由が必要であり、彼らはその理由を理解できる知識と経験があります。これはラグジュアリーの定義にもつながることで、高額なのは当たり前ですが、高額だからラグジュアリーというわけではありません。コレクターたちを納得させるには、ハンドメイドであったり、特別な機構であったり、芸術的な意匠などの、人の心を魅了する明確な価値が必要なわけです。コレクターはそこに惜しみなくなくお金を費やすのです。私は自分の経験から、コレクターたちが何に価値を求め、どんな観点で時計を見ているのか、すべてわかります」
そのラフィ氏が、親子五代にわたり収集したミュージアム級のコレクションの中で、最も魅了されたのが19世紀のボヴェだった。それも当然のことで、当時の清朝の皇族は、第6代乾隆帝から連なる究極のちゃきちゃきコレクターだったからだ。英国を窓口とした対清貿易の赤字を埋める切り札が、ボヴェの懐中時計であり、清朝の皇族、いわばコレクターのモンスターたちを魅了させることがボヴェの使命だった。価格に糸目をつけず、ヨーロッパの総力を挙げて最高の技術と究極の芸術性を結集させたのがボヴェだった。ボヴェは創業地であるスイス、フルリエを遥かに超越し、英国の、そしてヨーロッパのプライドとなっていく。
ラフィ氏が目指したものは、まさに19世紀当時の清朝に輸出していた“究極のボヴェ”の現代版を再構築することだ。世界中の超一流のコレクターを驚かせ、魅了させることがマニュファクチュールとしての根幹であり、そのためにはコストに制限は設けない。「てやんでぇー、こちとらちゃきちゃきのコレクターでぇ~、にわかコレクターなんぞ……」とは、もちろん言わないまでも、わかる人だけがわかってくれればそれでいい、という江戸っ子に通じる気っ風のよさが、ボヴェの爽快感だ。(山田)
BOVET/ボヴェ
ヴィルトゥオーソ Ⅷ
フライングトゥールビヨン ビッグデイト
2017年のボヴェの創業195周年を祝して製作されたフライングトゥールビヨン。ダイアルにはアベンチュリンが採用され、無数の星がきらめく夜空のようなロマンチックな雰囲気を漂わせている。キャリッジのホイールにスクリュー留めされたアワーマーカーによって秒を表示。毎時1万8000振動の手巻きムーブメント「キャリバー17BM03-GD」は、シングルバレルながら10日間のロングパワーリザーブを実現。ビッグデイト表示。手巻き。プラチナケース。シースルーバック。ケース径44㎜。アリゲーターストラップ。
2650万円(税抜)。
問い合わせ/DKSHジャパン☎03-5441-4515
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